「蜆楽通り」にゃ福」がある

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「蜆楽(けんらく)通り」の由来

□「蜆川」□

大阪の北新地には明治末頃まで、北の「曾根崎新地」と南の「堂島新地」を分ける様に「蜆川」(しじみがわ / 曾根崎川)が東西に2500mほど流れていました。蜆川の両岸には石崖造りの上にお茶屋の座席が並び、華やかな花街の賑わいを見せていました。客や芸者を乗せた涼船が川面を往来するその風景は、桜橋の上から見渡すと大変優雅で美しかったと伝えられています。

蜆川 史跡

 

□ 近松文楽 □

「蜆川」は近松門左衛門の作品とも関わりあいが深く、名作「曾根崎心中」では主人公の徳兵衛と遊女のお初が「蜆川」の茶屋・天満屋で宿命的に出会う事になります。また「心中天網島(しんじゅう てんのあみじま)」では、心中を誓い合った二人がこの「蜆川」を渡り、二度と戻る事の出来ない末路へと向かうのでした。

文楽 曾根崎心中

 

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蜆楽通り

□ 情緒ある小道 □

華やかな花街の賑わいを見せていた「蜆川」ですが、明治四十二年の「北の大火」と呼ばれる大火事により、蜆川は焼け跡の瓦礫捨場となりました。その後大正十三年には全てが埋め尽くされ、残念ながら蜆川はその姿を消す事となります。当時の面影を残すこの小道は、南の蜆川に架かる「曾根崎橋」と永楽町を結ぶ「蜆楽通り」(けんらくどおり)として広く知られ、キタのえべっさん「曾根崎恵美寿」が奉られています。情緒あるこの小道は、今では北新地の新たな名所として多くの人に親しまれ、夜の賑わいを見せています。

蜆楽通り

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曾根崎恵美寿

□ キタのえべっさん □

恵美寿神は海から蜆川を上がっておいでになり、この地に「商売繁盛」の福をもたらすとされています。鯛と徳利を持ち笑顔で川の水から上がっておられるお姿から「水あげえびす」、さらに橋へと上がりこの地へ来られるお姿から、運気を上げる「上がりえびす」とも呼ばれています。またそのお酒を担がれるお姿から「肝臓が良好で美味しくお酒が頂けます様に」とお参りされる方が多くいらっしゃいます。

曾根崎恵美寿

 

□ 女性の美と幸せを願う □

このえびす様の “ 恵美寿 ”は、“ 美しい寿を恵 ” と書き「北新地で働く女性がいつまでも美しく幸せであってほしい」との願いが込められています。さらには水商売の言葉で、素敵な人と出会ったり、寿退社することを「水あげ」と呼び、えびす様が “ 水から上がる ”すなわち “ 水商売から上がれる ” と言われ、「無事に水あげが出来ます様に」と お参りされる方が沢山いらっしゃいます。また、“ 水から ” を “ 自ら ” と掛けて、自分から上がれるということで “ 勝負に勝つ ” 、つまりは次の道も開けて縁起が良いとされています。

 

曾根崎恵美寿

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「良縁萬来」のえべっさん

□ 悪縁がつかない □

お社には虫が寄らないとされる「ひばの木」をすべて使用していることから「悪い虫がつかない」即ち悪い縁がつかない「良縁萬来」であるとされています。また御神体は、愛知県岡崎の三河産の花崗岩を用い、岡崎の石工(伝統工芸氏)の手彫りにより造られたものです。

□ 御神徳 □

商売繁盛 良縁萬来 勝運 肝臓良好

 

 

 

□アクセス□

「曾根崎恵美寿社/蜆楽通り」

〒537-0002 大阪市北区曾根崎新地1丁目6−24

■ JR東西線「北新地駅」11-41出口より徒歩2分

■「永楽通り」と「本通り」の間

06-6931-2023

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